覚えていない






巨きな雷の音がして、
俺は午睡の海から這い上がった。
君はいずこ?
部屋の中は沈黙が満ち満ちているだけだ。


激しい雨に湧き上がる土埃の臭いが、
どうにも俺の鼻腔の奥にある
切ない器官を揺さぶるみたい。
きっと僅かな繊毛が世界の悲しみを察知して、
脳の炎症の上をさっと撫でるんだ。
ひりひり、ひりひり。
七日前、
あの夕立の時もこんな気分になったなぁ。
あんまり覚えていないのは、
人は忘れる生物なのだから。

横たえた身体がどんどん重力を吸い込んで、
訳もなく曇天の密室のような空気に沈む。
本当はこのまま二度と目覚めなければ幸せ、
だったりもするけど、
あと数時間後にはきっとこんな記憶も整理されてしまって、
消える。
銀色の鱗の竜の体内を罅割れた閃光が一瞬光って、
そしてすぐ死ぬ。
断末魔の絶叫を心臓に寄り添う細胞で聞いている。
憂鬱を湛えたこの空白の眼から落ちる、
何だかよく解らないけれど酷く冷たい雫に、
名前をつけてあげようと思った。
悲しいんじゃなくて、
寒いんだ。


快楽に委ねて見失ってしまった行き先の存在すら、
認めなかった君。
セックスこそが答えだというなら、
影に生きる俺の亡霊は
君の倫理の俎上で無残にも殺されてしまうんだね。
血反吐を吐き尽くし脳漿をぶちまけて、
君の陰茎に殴打されて暴行、
後、
死亡する俺のおぞましく歯痒くも、
美しい亡霊。

君は知らないだろう!
俺が本当に繋がりたかったのは!
君とではなく、
君の心となんだ…。





君が失踪して、もう一週間が経つ。





 

帰路