癒えない







ふらつく姿は逃げ水で、
駅へと坂道を降りていく。
孤独な羽虫のように、
誘蛾灯に焼かれてしまうんじゃないかと思った。
どうしてかは解らないけれど、
あなたにはもう会えないような気がしてる。
狂奔して手にした僅かなものですら直に裏切るから、
私が堪らず言ってしまった嘘は、
今更、針のように喉に刺さってる。

私は履いていたサンダルを脱いで、
鼠色に燃えるコンクリートを歩いた。
足の裏の感覚は熱病に支配されている。
身軽になりたかった。
急になぜか浮かんだ罪悪感が、
この延々と続く熱で
蝋のように融ければ良いのに。
そして、沈め!心の宏遠な海へ。

天気予報、明日は雨だと言う。
雨男が雲を呼ぶのか、
これから。


この調子だと夏まではあっという間だろうな。
頗る暑い!
「銚子地方気象台は今年初の夏日を観測しました。」

私は足した数を減らして、
邪魔だった上着は脱いで、
描いていた絵を少し捨てたよ。
本当は全部、捨ててしまおうと思ったんだ。
身軽になりたい、とにかく!
この血や骨や脂で出来た体は、
一抱えの鉄よりも、
神の数式よりも、
存分に重い。

帽子が邪魔で、
サンダルが邪魔で、
Tシャツが邪魔で、
ジーンズが邪魔で、
下着が邪魔で、
脂肪が邪魔で、
血管が邪魔で、
骨が邪魔で、
私のこころは
太陽も届かない
プランクトンすら死んだ海で冷える
蝋細工みたいなもんだ。

融けろ融けろ融けろ!

そうしたら!
そうだったら、
そうだとしても、
このぐずぐずの糜爛は一生涯癒えない…。

 



 

帰路