ひとりじゃない






ごとごとと一定のスピードで揺れる瑞々しい天国の淵。
雨が降っている、
僕が泣くから、
雨が降っている。


お前に内緒で
僕はお前から旅立った。
お前だけじゃないさ
みんなみんな、
僕の行方など知らない。
クレマチスはもう枯れた頃かな?
ああ、いや、
忘れたんだった。
大切なものも好きなものも
全部全部そのままに、
いらないものは全部捨てて、
秘密は全部葬った。
今この手にある物は、
ひとつの祈りと、
ひとつ、諳んじた歌。


ひとつ、ひとつ、を集めよう。
徐ら成長する「ひとつ」の集合に
群集と名付けてしまおうか。

ひとりじゃないのに
ひとりを感じるのは
僕たちはいつまでも
大きな単位を構成する
埋没した名前のない歌でしかないから。


カルマの沸点は5506.85℃
その熱で焼死しようか。
一瞬で燃え尽きてしまうこの身体は、
きっと何にも残らない。
でもそうだね、
掌はお前のため、
最期までお前に伸びていたい。

(僕が死んだらお前は泣くだろうか?)
(僕は泣く)
(そうしたら雨が降るんだろうな)

僕は行き先も知らないで列車に揺られていく。
僕を乗せた車両には誰もいなくて、
あとから追い付く快速列車を待っている。
酷い空白が痛い。
ここから明日へ一線を引いて、
発車の合図と一緒に次の夜明けを愛せるかな?
愛したいな、愛したいよ。

少し目を塞いで
何度も二人で行った海の音を思い出しては、
切なくなるには充分な時間がある。
この電車はあの海には通じていないはずだから、
僕は追憶で生きよう。
明日の前に今日があるんだ。

光をなくしても、
蛍光灯は気狂いのようにこうこうと
影の薄い僕の神経に突き刺さっている。

大雨の音を聴きながら。

さあああああああああああああ
さあああああああああああああ
さあああああああああああああ
さあああああああああああああ
さあああああああああああああ
さあああああああああああああ

(あああ…)
 



 

帰路