カットアウト





 二十九日の月の入りは針より細い影を爆ぜ、じっとりと赤く、ま
るでひとつの粘膜のように侘んでいた。地球照が薄仄かに冷めてい
く、そのひとつに漸く君を識る。近づいて遠退いて、そんな他愛な
い現象で容易く傷ついた君の柔肌は一つの残像で歪んで見せた。僕
らは癒えもしない欲を舐めあっていたようだね。海に還ろう、君の
手を取って、僕はあの潮流に砕かれたいんだと君に歌えば、君は丸
で不気味な獣を黙殺する眼で僕を見ていた。いとも簡単に美しく見
えてしまった鏡のような水平線、君の指が僕の伸びた髪に乱暴に絡
んで、白けた波々に僕を水没させる。きっと君は殺す気だ。果てし
なく細かい砂と鹹い潮。ふざけた眼に染む、僕の涙腺から抗いもせ
ずに浮かぶ海が、今本物の海と雑ざる!名前のない関係でいられな
いんだ。










帰路